脱サラ新規就農者・大武農園の
「百姓への道」

農業を始めた理由・動機(かなりこじつけ気味?)

  1. 空気のきれいな環境の良い田舎で人間らしい暮らしがしたかった。
  2. 脱サラで農業を始めた人の書いた本を読んで、以前から農業に興味をもっていた。
  3. 「夫婦別働き」ではなく、夫婦が力を合わせての暮らしがしたかった。
  4. 努力の積み重ねが実を結ぶ農業は楽しそうだった。
  5. 環境汚染・食糧危機など、都会暮らしをしていく上での将来に対する不安。
    (そもそも都会は生活環境として良い場所とは思えない。)
  6. 安心できる美味しいものを自分で作りたかった。
  7. 時間を自分の好きなように使える自由さ。
  8. 庭木(果樹)がたくさんあるような広々とした家に住む暮らしがしたかった。

主な経歴

昭和33年 栃木県生まれ
昭和57年 中央大学商学部卒業 出版社勤務(会社側都合により退社)
昭和58年 コンピュータ関連会社勤務(会社倒産により退社)
昭和59年 コンピュータ関連会社勤務
平成5年 タクシー会社勤務
平成8年 退社

昭和42年 山形県生まれ
昭和63年 大手電機メーカー関連会社勤務
平成8年 退社


新規就農活動の経過
平成7年 全国新規就農ガイドセンターへ就農相談
平成8年 就農準備校・長野校(八ヶ岳中央農業実践大学校)入校
福島県農業開発公社へ相談
平成9年 福島県きのこ振興センターでマイタケ栽培等について研修
福島県伊達郡霊山町にて就農


各年度ごとの状況
1997年
就農1年目
(平成9年)
就農一年目の売上は、露地キュウリ(15a)のみ。
初体験のキュウリ栽培だったが、なんとか人並みの収量を上げる事が出来、販売価格も高値で推移した。青色申告(こちらも初体験)で税務署に申告を行なったが、年間トータルでどうにか利益を確保できた。
1998年
就農2年目
(平成10年)
野菜 露地キュウリは12aに減らした。他に、サヤエンドウを7a、ニンニクを5a、田(コシヒカリ)を30a作付け。
キュウリ、サヤエンドウ、ニンニクはほとんどを農協に出荷。
マイタケの原木を500-600個仕込みを行なった。
キュウリの収穫量は約8000kg、
米は約1000kgを収獲し、米は全て直売。
桃苗を計30aに植えつけ
 田植え機・動力噴霧機・稲刈り機などを譲り受けたり、中古で購入したりしたため、農具費・修繕費が増え、就農1年目に比べ売上高が少し増えたにもかかわらず、利益は減少した。
1999年
就農3年目
(平成11年)
野菜 露地キュウリは12a。他に、サヤエンドウを8a、ニンニクを5a、作付け面積は前年とほぼ同じ。ニンニクは葉ニンニクとして出荷。
キュウリ、サヤエンドウ、葉ニンニクはほとんどを農協に出荷。原木マイタケは管理が行き届かず収穫量は少なかった。サヤエンドウは中国などからの輸入増により価格が低迷。ニンニクは、葉ニンニクとして出荷することによりまずまずの売上を確保できた。キュウリは夏の暑さのため収穫量が増え、価格もまずまずで、収益増となった。
キュウリは約10000kg
の収穫量。
米は約1000kgを収獲。 米は全て主に友人関係などに直売。
2000年
就農4年目
(平成12年)
野菜 露地キュウリは12a。他に、サヤエンドウを7a、葉ニンニクを5a作付け。キュウリ、サヤエンドウ、葉ニンニクはほとんどを農協に出荷。原木マイタケは収穫量は少なく自家用。サヤエンドウは相変わらず輸入物に押されて価格が低迷。葉ニンニクも春先からの野菜類の価格低迷の影響で単価安。キュウリは夏の暑さのため収穫量が大幅に増え、大豊作。その影響で価格は低迷したものの、まずまずの収益となった。
キュウリは約11600kgの収穫量。
米は約1260kgを収獲。
樹もだいぶ大きく育ち、すこしだけ収獲したが、出荷はせず。
 9月に、妻が10日間の海外(ヨーロッパ)農業研修に参加してきた。
2001年
就農5年目
(平成13年)
野菜 露地キュウリは、桃の樹間にも少し植えて、合計15aを定植。他に、サヤエンドウを約7a、葉ニンニクは1−2aに縮小、稲はコシヒカリの他にコガネモチというもち米も少し。
キュウリについては、収獲期が桃と重なるため、極一部を今までより早めに定植して、早い時期からの売上・収入を確保する一方、メインのキュウリは、桃と重ならないように遅めに定植。メインのキュウリを遅植えにしたことでキュウリ全体の売上が減少しないように、栽培面積を合計15aと増やした。キュウリは収量・販売単価ともまずまず。
過去4年間で一番の豊作。
順調に樹が育ち、今年から本格的な収穫・出荷となった。夏の暑さに恵まれ、品質の良い桃が収穫できた。早生品種は高価格で推移したものの、中生品種は販売単価安。樹がまだ若く、収量が少ないため、収益性は悪い。
2002年
就農6年目
(平成14年)
野菜 露地キュウリは12−13アールの作付け面積に。野菜はほかにサヤエンドウを6−7アール。キュウリは単価は良かったものの、収量減で収入はいまひとつ。サヤエンドウは遅霜の被害が大きかったものの、単価が良かったので、まずまず。
収量は約4000s。まずまずの品質の桃が採れた。早生の「暁星」は単価安でさっぱり。中生の「あかつき」は後半になって単価が上がり、まずまずの結果となった。直売のほうも順調に売り上げが伸びて、収益に貢献するようになってきた。
収量は昨年よりも少し減る。
 桃の売り上げが大幅に伸びたことから、キュウリの減収をカバーして総売上もまずまずの伸び。
2003年
就農7年目
(平成15年)

野菜 記録的な冷夏の影響で、キュウリの収穫量は大きく減少。単価が高かったため、そこそこの利益は確保できた。栽培ミスがあったので、本来はもっと利益を確保できたはず・・・。
冷夏の影響で、最悪の年。収穫量は激減、価格も低迷したため、収益は大幅減少した。
あんぽ柿 新しく導入した作物。初年度のため、設備投資があったものの、一年目の収益で投資分を回収できた。
冷夏の影響が懸念されたが、一割から二割程度の減収にとどまった。
 同じ町内に中古住宅(畑、約30アール付き)を購入して転居。全体的には、記録的な冷夏の影響を大きく受けた年。新しく導入したあんぽ柿の収入で、全体の減収をある程度カバーできたが、それでも、総売上げ・収入とも前年よりも少し減少。
2004年
就農8年目
(平成16年)
野菜 キュウリは、定植後一ヶ月間の猛暑と害虫の多発、その後は台風による風・雨などの影響も受け、最悪の一年。
猛暑のため、高品質の桃が採れ、過去最高の好成績。「あかつき」はやや収穫量が少なかったものの、甘さ、着色とも良く、秀品率は90%。
あんぽ柿 自家生産原料柿の収穫量が少なく、一部原料は購入することになった。価格は原料不足の影響で、高値で推移。皮むき機などの設備投資をする。
台風の影響は無かったものの、期待したほどの結果にはならなかった。普通の年。
桃は好結果を得られたものの、キュウリの落ち込みが激しく、総合的にはあまり良い結果とは言えない。自宅の購入・作業小屋の改善・あんぽ柿関連の設備投資など、大きな出費が重なっている。
2005年
就農9年目
(平成17年)
野菜 サヤエンドウは、価格も良く、満足。キュウリは、お盆前からの雨続きで「褐斑病」が多発して草勢が低下、なんとか10月下旬までは出荷を続けたものの収量が少なかった。価格も記録的な低迷が続いたため、残念な結果になった。
あかつきの収穫途中から大雨が続いたため、桃の品質が急激に悪化。価格も低迷。直売は増えたものの、全体としては今一つ。
あんぽ柿 原料柿は豊作。柿が充分に熟さない内に急激に寒波が来たため、乾燥が進まず、出荷が大幅に遅れた。通常出荷については、価格が低迷したものの、直売に力を入れたので、充分な利益が確保できた。
イノシシの被害が出るも、全体としては普通の出來。
桃については、市場出荷物の価格が低迷しており、直売に力を入れるべくホームページの改良中。あんぽ柿は、直売が増え、利益が確保しやすくなった。キュウリは、安定生産に向け、更なる対策を検討中。
2006年
就農10年目
(平成18年)
野菜 サヤエンドウは、前年ほどではなかったものの、まずまずの出来。
キュウリも、まずまずの出荷が出来た。価格は7月末から8月上旬にかけて高値だったものの、我が家では遅植えのキュウリなので、高値の時期には出荷できず・・・。我が家で出荷が続いた時期は価格は低迷気味。
梅雨の時期に記録的に雨が多く、桃の品質悪化が心配された。早生種の「暁星」の出来は今ひとつだったものの、梅雨明け後は晴天が続き、「あかつき」は品質も良く、トータルではまずまずの結果となった。
あんぽ柿 原料柿は前年に続き豊作。加工後、気温が高めで、季節風があまり吹かず、柿の乾燥が進まず熟度のみ進むかたちとなった。カビの発生が心配されたが、カビの発生は無く、やや出荷が遅れたものの、価格も安定し、前年同様まずまずの結果となった。
今年もイノシシの被害が発生。電気柵を設置するなどの対策で、被害は最小限に食い止めることができた。全体としては普通の出來。
桃・あんぽ柿・キュウリともそこそこの収穫・出荷が出来、年間トータルでは過去最高の利益。
2007年
就農11年目
(平成19年)
野菜 サヤエンドウは、不作の年。価格は高値で推移。
キュウリは、昨年同様まずまずの出荷量。価格も比較的高値で推移したため、ほぼ満足できる結果を出せた。
毎年の事になったが、梅雨の時期に雨が多く、桃の品質悪化が心配された。梅雨明け後は晴天と高温が続き、まずまずの結果となった。直売もまずまずの結果。
あんぽ柿 原料柿は豊作だったものの、収穫時期の急な冷え込みにより、一部の柿が凍って変色する被害が発生。加工後の柿の乾燥はまずまず。変色した柿は等級が下がるため、販売価格が心配されたが、全体としてまずまずの価格で販売できた。直売も好調。
イノシシの被害は電気柵を設置するなどの対策で、被害は最小限に。一部病害による被害も発生。全体としては普通かやや悪い出來。
売上・利益共に過去最高を更新。
2008年
就農12年目
(平成20年)
野菜 サヤエンドウは、不作の年。価格は高値で推移。
キュウリは、昨年同様まずまずの出荷量。価格も比較的高値で推移したため、ほぼ満足できる結果を出せた。
直売もまずまずの結果。
あんぽ柿 原料柿は豊作。直売も好調。
イノシシの被害は電気柵を設置するなどの対策をしたものの、過去最大の被害が発生。被害の無い田でもやや不作となり、全体としてはかなり悪い出來。
売上・利益共にまずまず。
2009年
就農13年目
(平成21年)
野菜 サヤエンドウは、いまひとつに終わる。
キュウリは、出荷初めの時期にスズメによる花芽の食害が多発。莫大な損害が出た。最終的にはまずまずの出荷量は確保できたものの、稼ぎ時の9月に価格が異常な安値で推移したため、販売額は大きく落ち込んだ。
早生の「暁星」はか価格安、中生の「あかつき」は品質・価格ともまずまず。中晩生種の桃は、出荷時期に大雨による品質の低下が著しく、価格も安め。全体としてはまずまず。直売もまずまずの結果。
あんぽ柿 原料柿は豊作。乾燥もまずまずの出来に仕上がり、年明け以降も価格が安定したため、過去最高の売り上げを記録。直売も好調。
イノシシの被害は電気柵とキュウリネットの2重囲いで対策をしたものの、昨年同様の被害が発生。天日干しの最中にも被害が多発して、被害発生田では本来の半分程度の収穫となった。被害の無い田では比較的豊作だったので、全体としてはやや少ない収穫。
売上・利益共にまずまず。
新規就農するにあたっての問題点
農地の確保

農村地域では、高齢化や後継者不足から、荒廃した農地が増えています。今後もどんどん増えていくことでしょう。特に、桑畑は荒廃が進んでいます。場所によってはジャングルの様。簡単に買ったり借りたりできそうな気もするんですが、そうは簡単には行きません。まず、農地を売買・貸借するには農業委員会の許可が必要です。農業委員会に認めてもらうには、「就農計画書」を提出して「認定就農者」として、都道府県からのお墨付きを貰わなくてはなりません。つまり、農家としてやっていけるという見通しがなければ、農地を買う事も借りる事もできないわけです。さらに、農地を所有している地主さんも、他所から来た者にはおいそれとは農地を売ったり貸したりしてくれません。怪しい○○団体じゃないかとか、すぐに夜逃げをするんじゃないかとか、地主さんにすれば心配の種が増えるわけですから・・・。別に土地を売ったり貸したりしなくても、特別生活に困ってるわけでもないし・・・。地主さんに信用してもらえる第三者の方を間に立てるなどして、粘り強く交渉するより手はありません。何事も信用第一です。

農業は適地適作。目的としている作物を作りやすく、有利に販売しやすい地域で農地探しをします。また、特に、有機農業を目指している場合、周辺の環境にも十分な注意が必要です。
逆に、周辺地域で全く作られていない作物を栽培する手も考えられますが、技術的な問題が多いので、技術に自信のある方にお薦めです。独占状態で有利販売が可能になるかも・・・。

住宅の確保

農地に隣接した場所に住宅が確保できれば言う事はないんですが、大武農園では、畑や田んぼから離れた場所に一軒家を借りています。(追記・・・2003年、同じ霊山町内に、築50数年の民家を購入して転居しました。)メインの畑までは車で6-7分くらいかかります。畑同様、荒れかけた家もかなりの数があります。しかし、家もおいそれとは買ったり借りたりできません。古い家は空き家になっていても、隣りに新しい家を建てて家主さんが住んでいたりとか、物置に使っているとか、普段は空き家でもお盆や正月に親類・兄弟などで集まれる場所がほしいとか、いろいろな理由があります。大武農園では、最初の1年間は、町の中心街にある民間のアパートを借りて住んでいました。公営の住宅が借りられればそれでもいいんですが、公営住宅に入居するには所得制限などがあったりで、これもなかなか難しいのが現実です。また、あまり古い家だと、住めるように修理するにはかなりの予算が必要です。なお、農地に新しく家を建てる場合、農地の転用ということになるので、厳しい規制があります。

お金の準備

当たり前の話しだけど、お金は無いよりあった方が良い。最低、2年分位の生活費を常に確保しておくと少しは安心。各種の機械類や農機具類をそろえるために、かなりの予算が必要です。たとえ有機農業でも農業機械がなくては、自家用野菜くらいしか作るのは難しいでしょう。何年も荒らした農地を整備するお金、古くなった家に入居するために家を修理するお金、種子代・肥料代、施設栽培をするにはさらに多くの予算が必要(設備によっては数千万円単位)です。しかも、農作物を収穫して販売するまでの間、お金は出て行く一方。幸い、種子代・肥料代などは、農協から購入すれば、販売代金が回収されるまで支払を猶予してもらえます。そうは言っても技術のおぼつかない新規就農者ですから、収穫した農産物が高値で販売できるとは限りませんし、農業は天候や自然災害の影響を考える必要があります。そう考えると、最初に用意するお金は、多ければ多いほど良いと言えるのかも知れません。

農業用の機械類は高価なもの。大武農園では、耕運機(20年位前の物)・田植え機・稲かり機などはもらい物を使用。動力噴霧機・モアーは中古を購入。キュウリ栽培用の支柱・ハウス用パイプは使わなくなった物を譲ってもらって使っています。

行政の対応

新規就農者向けに、各種の制度が整備されています。使える制度は積極的に利用したいものです。ただ、各自治体ごとに対応はまちまち。自治体によっては、住宅・農地はもとより、資金面や技術指導まで、至れり尽くせりの所もあるようです。それらの制度に甘えることなく、しっかりとした信念と計画が必要です。無利子で資金を貸してもらえたりしますが、たとえ無利子といっても借金は借金です。ご利用は計画的に。農業を取り巻く環境も厳しさを増しております。さらに綿密な準備と計画が必要になってくるものと思います。ちなみに、伊達市霊山町では、新規就農者向けの支援策は残念ながら特にありません。国や県の支援策はもちろん受けられます。

霊山町について
(新規就農者への支援)
大武農園のある霊山町(りょうぜんまち)は、福島県の中通り地方の北部、阿武隈山地の北端にあります。標高は100メートル弱から800メートルのいわゆる中山間地です。
傾斜地が多く、田畑はあまり広くはありませんが、キュウリ・イチゴ・桃などの高収入の得やすい作物の栽培が盛んなことから、これらを組み合わせて、専業農家として生計を立てることが可能です。福島市内への通勤圏なので、兼業も可能。台風などによる災害も少ないようです。雪は少しは降りますが、融けるのが早いです。
周辺で栽培されている主な作物は、キュウリ、ニラ、エンドウ類、インゲン、トマト、シュンギク、イチゴ、桃、ブドウ、プラム、梅、あんぽ柿、メロン、リンゴ、菌茸類などです。
農業に新規参入ご希望の方は、ぜひ一度、霊山町を見学にいらしてください。可能な限りご案内いたします。
質問などは、こちらまで。
大武農園連絡先 福島県伊達市霊山町上小国字大木31-1
TEL・FAX=024-588-1068
Mail=farmer.ohtake@nifty.ne.jp


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